先日、東京・サントリーホールで行われたルース・スレンチェンスカさんのピアノ・リサイタルに行ってきました。
その経歴・話題性から新聞等でも色々取り上げられた注目の演奏会(注3)で、バックヤード席は閉鎖されていたものの、広いサントリーホールがほぼ満席。
ただ実際には、ルースさんが現在93歳という高齢であることや伝説のピアニスト達(ホフマン、シュナーベル、コルトー等々)に師事したという事実はさておき、そこに鳴っている音楽自体がもう唯一無二。間違いなくルースさんは、現役の世界最高峰のピアニストの一人。
私がこれまで聴いてきた多くの演奏会の中でも特別な一夜となりました。
それでは、何にそんなに感動し、興奮させられたのか?
総じてテンポが遅いものの、正確なタッチから生み出される響きの美しさ、流れる旋律のなめらかさ、その解釈の奥深さ、説得力の強さ等々、全てが素晴らしく、中でもその弱音の響かせ方、響きのコントロールの絶妙なこと!
例えば、異常に遅いテンポの中、ピアノの弦が共振し続けている上に音を重ねていき、十分にホール上空に響かせた時に見えた音の揺らぎ、移り変わる色彩。。。特に、前半最後のブラームス「3つの間奏曲」と「2つの狂詩曲」でその初めて聴くような響きに驚愕、呆然自失。
そしてこの日の白眉は、後半最初のベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」。多彩で繊細なタッチ、引き出しの多さから生み出される力強さ、儚さ、美しさ。やがて、その表現力豊かな音楽に全てのお客さんが惹き込まれ、ルースさんが紡ぎ出す音にホール中が集中。咳一つない静寂の中、異常に遅いテンポで弾かれた印象的な和音。ホール上空で響き、交じり合う音、余韻。まさに超一流の芸術家だけが生み出せる至福の時。。。これだけでも十二分に酔えるのに、おもむろに速くて力強い対照的なタッチで次のフレーズを開始。一瞬にしてその余韻をかき消すという音響効果を伴った解釈は鮮烈無比!完全にノックアウトされ、この曲が終わるまで鳥肌が立ちっばなし。
アンコールのショパン「ワルツ第7番」も本当に素晴らしく、その柔らかくも優しい音、何とも心地好い精妙な音の強弱、コントロールされた温かく包み込まれるような響き。。。訳もわからず、勝手に体が反応して涙がこぼれそうなぐらい感動。
ブラヴォーが飛び交い、ほとんどのお客さんがスタンディング・オベイションでお迎えしたことは言うまでもありません。
多くのお客さんが並んだ終演後のサイン会(上記写真はLiu Mifune Art Ensemble Recordsのブログより引用させていただき、現在引用申請中)。私は幸運にも前の方に並べましたが、演奏会の御礼を述べた時のルースさんのチャーミングな笑顔にも感激しました。
今回この演奏会に来るに当たっては、前週に想定外の転勤・引越しがあり疲れ切っていたこと、部屋の荷物の片付けも終わらない惨状を放り出してきたこと等々、このタイミングの悪さに不満を抱いていたのですが、終演後は、東京まで聴きに来て良かった!と心からこの演奏会に立ち会えた縁(注1)に感謝した次第。笑
また、この記事を書くまでのこの1週間、この演奏会が何だったのかずっと考えていたのですが、一つ思い当たることがありました。音楽評論家の許光俊氏が指揮者チェリビダッケのコンサートを評して、CDでもその凄さはわかるが、CDには入りきらない音の響き、凄味があるといった趣旨のことをよく書かれておられますが、まさにこのようなことではなかったかと。
恐らくこの演奏会のCDは発売されるはず(いや、是非発売してほしい!)。その時に私が感じたその響き・感動がどう記録されているのか、とても興味深く発売を待ちたいと思います。
ちなみに、私はスレンチェンスカさんのLiu MAER(注2)から発売されたCDを全部持っていますが(当日、発売されたばかりの1枚も購入出来ました)、どのCDも、東京までのフライト+ホテル代数万円を払ってでも聴きに行く気にさせるぐらい素晴らしい演奏であることは保証しておきます。
最後に。今回の演奏会をご企画されたのは、三船氏とその奥様とのこと。縁を強く信じて大英断され、そして動かしてこられたその行動力を深く尊敬すると共に心から感謝いたします。
(注1)そもそもこの演奏会に巡り会えたのは、九州ジャズ・ロード巡りの一環で大分・別府のFUNKさんを訪問した際、その常連さんであるジャズ・ピアニストH氏と知り合い、ルースさんのことを教えていただいたことがキッカケでした。そして今回、H氏とサントリーホールで再会出来たことも嬉しい話でした。
(注2)Liu MAER:Liu Mifune Art Ensemble Recordsは岡山の歯科医師 三船文彰氏が主宰されておられるレーベル。。。このキッカケも通常あり得ないお話ですので、詳細はご本人が記された次の文章をご覧下さいませ。「超人ピアニスト、20世紀最後の巨匠ルース・スレンチェンスカとの出会い」
(注3)(もしかすると日経電子版をご契約されておられる方だけかもしれませんが)この日本経済新聞さんの記事はこの演奏会に向けたルースさんの考え等も記載されておられるので、是非ともご覧くださいませ。
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