セミヨン・ビシュコフ指揮チェコPO「わが祖国」演奏会@熊本県立芸術劇場19/10

セミヨン・ビシュコフ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会に行ってきました。

演奏曲目は何とスメタナ の「わが祖国」。。。チェコ・フィルにとってこの曲は、プラハ音楽祭等、特別な時にしか演奏しないという十八番であり、クラシック界の中でも定番中の定番。

ビシュコフさんがチェコ・フィルの首席指揮者に就任したことを記念した今回の日本ツアーの中でも、前日のサントリー・ホールとこの熊本だけという貴重な機会。。。やはり熊本の震災復興を願う気持ちを込めて、ということだと思いますが、本当に有難い話。

ラファエル・クーベリックさんがこのオケでこの曲を演奏されたDVDは私の大のお気に入りですが、やはりこのオケが演奏する「わが祖国」は格別でした。

初めて行った熊本県立芸術劇場は昔ながらの文化会館で、正面左後方にずらっと横一線に並んだコントラバス8本を始め、大オーケストラが狭いステージにぎゅうぎゅう詰め。苦笑

オケの団員の登場から拍手で出迎える温かい雰囲気の中、ビシュコフさんも大きな拍手に迎えられ登場。左右に分かれて配置されたハープの響きに導かれて演奏開始。

ホールの響きが薄いこともあり、ちょっと不安を感じさせる出だしだったのですが、満を持してファースト・ヴァイオリンが弾き始めると雰囲気が一変。昔はビロードのような弦という表現をよく目にしましたが、まさにこのこと!

濃厚・濃密で魅惑的な中音域の響き、そして何より、その美しいメロディーが躍動感を持って生き物のようにうねる様は圧倒的。いきなり感覚的な感動に襲われ、立つ鳥肌。。。これまで色んなオケを聴いてきましたが、こんな音を聴いたのは初めてで、もうこれだけで大満足。

「弦のチェコ・フィル」という謳い文句は伊達ではありませんでした。

ビシュコフさんと言えば、私の愛聴盤の一枚 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と録音したショスタコーヴィッチの交響曲第11番「1905年」での名演が印象深かったのですが、そこで聴かせていた濁らず透徹した美しい音の響き、強力な推進力は今回も健在。

更には伝統的なオーソドックスな流れを尊重して進めつつも、所々にちょっとした溜めを作ったり強調したい旋律にスフォルツァンドをつける等、大胆な表情づけを散りばめられたビシュコフさん。

そして、それに見事なまでに呼応するオケ。。。その高い実力を持ったオケが描き出す見事な情景、空気を一瞬にして変えてしまう場面転換の上手さ、流れる音楽の中で突然作り出す緊迫感や荒々しいまでの凶暴さと溶けんばかりの美しさといった対比の妙も実に素晴らしく、一瞬たりとも弛むことなく演奏は盛り上がりっ放し。

休憩なしに6曲全曲が演奏されたのですが、敢えて難を言うとすれば、どの曲もドラマティックに盛り上げ過ぎ、それぞれの曲が完結性を持ってしまっていたこと。

実際、2曲目のモルダウ以降は1曲毎に必ず一部のお客さんから拍手が起きてしまった(注1)のですが、それも仕方ないと思わざるを得ない程、1曲毎に襲われる感動。。。その証拠に、私自身、全曲ブラボー!と叫びたくなったくらいでしたから。

あと、こんな演奏を続けて6曲も聴かされるとヘトヘトになります。笑

そんな私のこの日の白眉は、4曲目「ボヘミアの森と草原から」の終曲直前、主旋律の下を支える弦楽器全員の全力のトレモロ。。。音の大きさで言えばmfぐらいの音量でそれほど大きい訳ではありませんが、このもの凄い音圧で迫って来た想いの強さ、美しさには、思わず涙がこぼれそうになりました。

正直なところ、当日を迎えるまでは、ビシュコフさんとチェコ・フィル、更には「わが祖国」という組み合わせがうまく想像出来なかったのですが、後日、こんなインタビュー記事(注2)を読んで、納得。。。こんな信じられないような演奏が聴けるから、コンサート通いはやめられません。

心から感謝。一生記憶に残る素晴らしい一夜でした。


(注1)終曲がアタッカで始まるはずの5曲目の後にも起きる拍手。普通ならさすがに眉をひそめるはずですが、そんな気にもならず、それを見越してすぐには始めようとしなかった指揮者とオケに笑っていました。

今回、これらの拍手に全く嫌な感じがしなかったのには前段があります。実はこの日、演奏会の始まる30分程前に会場に着いたのですが、同じタイミングで外国人の方が乗った大型バスも玄関口に到着。一体何事?と思って見ていたら、何と楽器を持ったチェコ・フィルの面々?!

エントランスで会場入りするメンバーをぼぉ~っと見ていたら、目の前のご老齢のおば様方が全員が通り過ぎるまで、笑顔でずっと拍手。その思わぬ歓待ぶりにKONNICHIWA~等と言いながら笑顔で手を振り応える彼ら。

温かい気持ちになり、コンサートを迎えることが出来たのですが、あの拍手をしているのが、あのおば様方なら仕方がない。。。そんな気分でしたので。笑


(注2)ビシュコフさんの「わが祖国を探して」というアーティストインタビューがネットにアップされていましたので、わが祖国に関係する部分を下記のとおり転載いたします。尚、日本語は拙訳ですので、正しくは下の原文、またはこちらの元のサイトをご覧ください。

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者で芸術監督のセミョン・ビシュコフ氏は、プラハで2シーズン目を迎え、精力的に活動中。ショスタコーヴィチの第八交響曲を含むオープニング・プログラムの後、10月に定期シリーズBでスメタナのわが祖国の3回取り上げる予定。シーズン中にこの象徴的な作品を上演するのは珍しいことだが、ビシュコフ氏にはそれを行う必要があった。次のインタビューはその理由等について触れてみた。

Q.なぜコンサートシーズンにスメタナのわが祖国全曲を演奏することにしたのですか?

A.チェコ・フィルの首席指揮者になることを承諾した時、わが祖国を私のレパートリーにしなければ、私はこのオーケストラの音楽監督になることはできないと思いました。私は今までわが祖国を振ったことがありませんでしたし、モルダウでさえ振ったことがありませんでした。私はまずこの曲の勉強を始め、その前のシーズンに世界で数回振りました。そうすることで、私なりのわが祖国をチェコ・フィルに持ち込むことが出来、一緒に演奏することが出来るようになったのです。

Q.昨シーズン、あなたはケルン、ハンブルグ、マドリード、クリーブランド、アムステルダムでわが祖国を指揮されました。私は5月のミュンヘン・フィルとの演奏を聴くことが出来たのですが、お客さんがわが祖国のほとんどの曲を知らななかったこともあり、大成功でした。ミュンヘン・フィルの演奏者たちは、スメタナの作品にどのようにアプローチしたのでしょうか?

A.リハーサルの最初に私は彼らにこの曲について話しました。彼らはこの曲について何も知らず、「ああ、スメタナ...美しいメロディ...」と考えているのがわかりました。音楽家だけでなく一般の人々もこの音楽をそう思っていますが、それはとても表面的なことです。私は何ヶ月もずっと勉強していてこの曲に夢中になり、メロディーを理解し、どのように演奏するのかを理解しました。でも、この曲はもっと深い意味を持っています。

この曲は祖国について描いています。それは根や所属という意味でもありますが、チェコの人々に限った話ではなく、他の国の人々もそれぞれが皆持っている祖国についてです。しかし、私たちの祖国は歴史的に必ずしも私たちが望むようなものではなく、愛や葛藤、痛み等をもたらします。祖国がうまく運営されないと、紛争や緊張、痛みが生じるからです。そして、それが私がこの音楽から感じることです。

1918年にチェコスロバキアが初めて独立した後、わずか20年でナチスの悲劇が起こり、それが終わるとソビエトの悲劇が起こりました。1938年や1942年のことは分かりませんが、1968年にソビエト軍の戦車がプラハに進出したときのことは知っています。私はプラハにいた訳ではなく、サンクトペテルブルク(当時のレニングラード)にいましたが、自分が何を感じ、インテリたちが何を感じたかを知っています。そして、ベルベット革命が起きて初めてこの国は真に独立し、真に自由になったのです。そしてこれが永遠であることを祈ります。

では、なぜこのわが祖国がこれほど現代的なのか?それは、今日の状況、特にヨーロッパでの状況が19世紀後半と全く同じだからです。ヨーロッパは統一されましたが、とても多くの緊張に晒されています。そして、ナショナリズムが再び強くなりました。グローバル化によって、自分の個性が重要でなくなるのではないかと心配しているからであり、他の誰とも同じようにはなりたくない、今のままでいたいけれど、一緒に暮らしたいとも思っています。私は全加盟国の国家的アイデンティティーを維持することが出来、すべての人が有機的に一緒に暮らすことができるなら、ヨーロッパ統一という考えは素晴らしいと思っていますが、これがまさにわが祖国が現代的な理由でもあるのです。

この曲が私をとても深く感動させる理由は、この曲が私たちについて、また私たちが今日経験していることに相通じるものがあるからです。そして、これがわが祖国という曲であり、私自身の解釈です。

【原文】Semyon Bychkov: Looking for Má vlast  ArtistsInterviews

The chief conductor and artistic director of the Czech Philharmonic Semyon Bychkov has thrown himself energetically into his second season in Prague. After the opening programme including Shostakovich’s Eighth Symphony, in October there will be three performances of Smetana’s Má vlast (My Homeland) as part of Subscription Series B. Performing this iconic work in the course of a season is unusual, but Semyon Bychkov has reasons for doing so. The interview that follows will cover this and other questions.

Why did you decide to perform Smetana’s entire cycle Má vlast during the concert season?

When I accepted to become the chief conductor of the Czech Philharmonic, I said to myself, it’s not possible to be the music director of this orchestra and not to integrate Má vlast into my repertoire. I had never conducted it before; not even The Moldau. But I told myself, I cannot come and do it for the first time with the Czech Philharmonic. I first had to absorb the piece. So I performed the whole cycle several times around the world during the past season. Then I can bring my Má vlast to their Má vlast, and we can find a way to do it together.

Last season, you conducted Má vlast in Cologne, Hamburg, Madrid, Cleveland, Amsterdam… In May I had a chance to hear your performance of Má vlast with the Munich Philharmonic. It was a big success with the public, which was unfamiliar with most of the cycle. How did the players of the Munich Philharmonic approach Smetana’s work?

When we began rehearing, I talked to them about it, because it was so new to them that they did not know anything about it. I could see that they were thinking “Oh Smetana… beautiful melodies…”, and it is not only musicians, but people in general who think that way about this music, but that is very superficial. The approach has to be personal, because the music is personal to the nation. The whole time I was studying it, and I was studying it for months, I became obsessed by the piece. And I was trying to understand it: yes, now I know the melodies, I know how it goes. But does it touch me so much? And I finally found the answer for myself. It is about a homeland; for Czech people, it is about their own homeland. But everybody else has a homeland, too. It means roots; it means attachment; it is about the homeland (not only for the Czech nation) as we want it to be. But our homeland is not always the way we want it to be, historically. And that brings many different things with it: love, conflict, and pain. Because when a homeland is not as we want it to be, there is conflict, tension, and pain. And that is what I feel in the music. Later on, in 1918, Czechoslovakia became independent for the first time; it lasted only twenty years, then came the tragedy of the Nazis, and when that was finished, there came the tragedy of the Soviets. I don’t know how things were in 1938 or 1942, but I do know how it was in 1968, when the Soviet tanks drove into the streets of Prague. I was not in Prague. I was in Saint Petersburg (then called Leningrad), but I know what I felt and what the intelligentsia felt: shame. And so it was not until the Velvet Revolution that the country became truly independent – truly free. And forever, I hope.

Why, then, is Má vlast so contemporary? It’s because the conditions we are experiencing today, particularly in Europe, are precisely the same as in the late 19th century. We have a united Europe, but there are so many tensions! And nationalism has become strong again. It is a reaction, because people are worried that because of globalisation, their individuality will not be important anymore. They don’t want to be like everybody else; they want to be the way they are, but they also want to live together. I think the idea of a united Europe is beautiful if it manages to preserve the national identities of all of the members. And if at the same time it is possible for everybody to live together organically. That, in fact, is again why Má vlast is so contemporary. It’s about us and what we are experiencing today. In the end, this is why it touches me so deeply. It’s Má vlast – My Homeland – my own Má vlast.

Why, then, is Má vlast so contemporary? It’s because the conditions we are experiencing today, particularly in Europe, are precisely the same as in the late 19th century. We have a united Europe, but there are so many tensions! And nationalism has become strong again. It is a reaction, because people are worried that because of globalisation, their individuality will not be important anymore. They don’t want to be like everybody else; they want to be the way they are, but they also want to live together. I think the idea of a united Europe is beautiful if it manages to preserve the national identities of all of the members. And if at the same time it is possible for everybody to live together organically. That, in fact, is again why Má vlast is so contemporary. It’s about us and what we are experiencing today. In the end, this is why it touches me so deeply. It’s Má vlast – My Homeland – my own Má vlast.


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九州でのジャズ冒険を中心に興味の赴くままジャズ・クラシック等について不定期に掲載。 タイトルはM・エンデ「はてしない物語」の含蓄に富んだ言葉で、サイト主の座右の銘。 ♪新しい秩序、様式が生まれる時代の幕開けです。この混沌を積極的に楽しんでいきましょう。危ぶむなかれ、行けばわかるさ、です。笑