ブルックナー交響曲第7番

 


今回、ご紹介する曲はブルックナーの交響曲第7番。作曲家ではなく、作品が好きなシリーズ(笑)を当分続けるつもりでしたが、今回の震災を経て予定変更、大好きな作曲家の一人、ブルックナーに触れます。

ブルックナー。この人が変人であった逸話は調べれば山ほど出てきますので、人間性と作品の偉大さが無関係であることのいい例のような気はしますが(苦笑)、この人ほど人知を超えたもの=ブルックナーにとっては神、の存在を感じさせてくれる作曲家はいません。その交響曲は長大で延々同じメロディーが繰り返されるのですが、その曲の中に入り込めると厳かな気持ちになれますし、まさにその「祈り」そのもの、のような気がします。

吉田秀和という音楽評論家がその著作の中でこんな感じのことをおっしゃっておられます。

「初めて聴いたブルックナーの交響曲は第7番。。。あまりにも長く同じフレーズが繰り返されるので、思わず寝てしまった。。。起きたらまだ同じフレーズをやっていたので、うんざりした」

「ブルックナーは特別な作曲家。。。どの作曲家もみんな違うのだが、それでもブルックナーは特別」

「ブルックナーの入門曲としてオススメするのは、自分は寝てしまったが、それでも交響曲第7番」。。。笑

私としても「ブルックナーが特別な作曲家」であり、「入門曲としてのオススメが交響曲第7番」であることは全く同感です。元々私はブルックナーが苦手で、全くわからず、それ以上聴く気もありませんでした。が、チェリビダッケという指揮者に興味を持ち、その流れで買ったCDがたまたまブルックナーの交響曲第7番。で、その第2楽章に至って、その美しさに完全にKOされてしまい、その後、チェリビダッケ熱とブルックナー熱が同時に進行していくことになりました。

この第2楽章は交響曲第7番のクライマックスなのですが、ブルックナーが心服していたワーグナーの訃報に際して書いた葬送音楽でもあります。そのメロディーの美しさ、祈りの強さにおいてこの曲は群を抜いており、今回の震災で多くの方がお亡くなりになられたニュースを聞いた時に一番に浮かんだのが、この楽章でした。改めて哀痛の意を表すべく、今回、この曲を取り上げました。黙祷。。。

オススメ盤1:オイゲン・ヨッフム=アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

この演奏はオイゲン・ヨッフムというブルックナーの大家と呼ばれていた大指揮者が亡くなる半年前に来日公演を開いた際のライブ録音。うまく書けないのですが、全くどこにも無理した感じがないゆったりとした美しい流れの中に秘められた繊細な抑揚の素晴らしさ!DVDで視聴すると結構ヨッフムが「うるさいうるさい!もっと小さく!!」と手で指示している場面が目につき(笑)、意外な感じがしましたが、CDではブルックナーの祈りの世界にどっぷり浸れます。一般的に死の直前にはそれまでの演奏に何かが+αされていく傾向があるらしいのですが、この演奏もまさにそうで、こんなに祈りの深さ、人間の力を超えたところにある大きな世界を感じさせてくれる演奏はないと思っています。

オススメ盤2:朝比奈隆=大阪フィルハーモニー交響楽団(於 聖フローリアン大聖堂)

聖フローリアン大聖堂というのはブルックナーが育ち、今も眠っているリンツにあるブルックナー信奉者にとっての聖地であり、このCDはそこで行われた演奏会の録音。

朝比奈隆という指揮者も晩年はブルックナーの大家と呼ばれていましたが、この演奏が行われた1975年時点では大家というよりは「布教者」といった方が近かったはず。というのも、クラシック好きの日本人にとって、クラシックとはバッハ、モーツァルト、ベートーベン等であり、ブルックナーなんて全く受け入れられなかった時代で、演奏するオーケストラ側ですらその音楽の違いについていけず、大変だったそうなので。。。そんな中でブルックナーを延々演奏会で取り上げ、認知させていった朝比奈の見識、行動力は賞賛に値すると思います。

このCDの話に戻します。録音で聴く限りですが、その頃の朝比奈はまだ若かったせいか、良くも悪くも非常に元気な演奏をしていました。ところが、この時の演奏だけは何故か全く違うのです。聖フローリアン大聖堂という特殊な場所のせいでしょうか?ヨッフムの自然さには到達していませんが、でも懸命にゆったりとした流れを作り、その中で懸命に祈ろうとしている。それが教会というすごく響く音響との相乗効果で、ヨッフム盤にはない力強さが加わった感動的な演奏になった、としか言いようがありません。

確かにオーケストラの技術には問題があるのですが、それでもこの当時の大阪フィルとすれば奇跡的にうまいかと。。。苦笑

また奇跡的と言えば。。。この演奏の2楽章が終わってすぐですが、遠くで教会の鐘の音が鳴り始めます。これは通常あり得ないタイミングであり、本当にこの演奏が祝福されたものであった気になります。もし、このCDを聴かれる際には、2楽章を終わったら、すぐにボリュームを上げてみて下さい。笑

尚、私がハまるキッカケとなったチェリビダッケ盤ですが、残念ながら廃盤で入手不可能なようですので、ここでは紹介しないことにします。というのも、同じチェリビダッケでも入手可能なCDはあるのですが、演奏・録音によりその印象が異なるのがチェリビダッケなので。。。まぁ、晩年の演奏ならどの演奏であれ、常識外れに遅い、その中で尋常でない美しい音を求める、ことにおいては共通しているのですが。。。やり過ぎている時は遅くなり過ぎたりしていて、演奏会場で聴いていればまた違うのでしょうが、CDで聴いているとツラいのです。。。苦笑

ところでいつものごとくYoutubeでの演奏をUPしようと探していると、面白い演奏を発見。。。1992年、チェリビダッケが仲違いをしていたベルリン・フィルと38年ぶりで行った再会コンサート!

これは大変歴史的、かつ一期一会な演奏で、指揮者、オーケストラ共、いつもと勝手があまりにも違うため、至るところで戸惑いが隠しきれない。。。でも、それが故にいつものチェリビダッケでは聴けない、いつものベルリン・フィルでは聴けない優れた部分もあるという演奏です。演奏は36分過ぎからです。どうぞ、ご覧下さいませ。

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2011.3.19 14:16


汝が欲するがままをなせ

九州ジャズ・ロード巡りを中心に興味の赴くままジャズ・クラシック等について不定期に掲載。 タイトルはM・エンデ「はてしない物語」の含蓄に富んだ言葉で、サイト主の座右の銘。

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