ジャズは自由な芸術【九州ジャズもんの一言③太宰府・ドルフィーズのマスター】

「九州ジャズもんの一言」第3回は、福岡・大宰府にあるJazz Inn DOLPHY's(ドルフィーズ)のマスターの一言。

「ジャズは自由な芸術」

正確に伝えると今回お聞きしたのは「ジャズが自由な芸術である理由」ですが、話の発端は巷で話題になっていたコルトレーンの新譜から。

「コルトレーンと言えば、彼のジャイアント・ステップスで吹いていたメロディをエラ・フィッツジェラルドのイン・ベルリンの中でスキャットで引用しているけど、演奏の中も含めて、アーティスト同士が『触発』されるのもジャズのいいところ」

と展開し、

「『触発→即興』といえば、以前、ジャズのように芝居が出来ないかと取り組んだことがあった(注1)が、実に面白く効果が上がった反面、実に難しかった」

とのこと。。。ここまでの説明でこの先の展開がわかる方もいらっしゃるのでしょうか?恥ずかしながら、私は全くチンプンカンでした。笑

「『触発→即興』の鍵となるのはアーティスト同士のコミュニケーションだけど、芝居でそれを実践してみて、ジャズ=音楽には『理論=規範(ルール)』があるから簡単に出来ることがわかった」

とおっしゃった上で、

「人間は規範(ルール)がハッキリしていると自由になれる。人間は混沌(カオス)の中では自由になれない」

「例えば、野球。球場毎に空間の規範(ルール)があるから、プレイヤーは自由になれる」

「例えば、能楽。舞台の大きさが3間四方(約6m)と決まっていて役者はそれが体に染み込んでいるから、真っ暗闇でも舞台から落ちない」

と畳み込まれて、

「あらゆる芸術の中で、一番規範(ルール)作りが進んでいるのが音楽」

「だから、音楽はそれがやりやすいし、ジャズはその音楽の中でも『触発→即興』を本質的に孕んでいるもの」

とのこと。。。ご理解いただけましたでしょうか?

また、これらのお言葉だけでなく、途中で教えていただいた即興演劇コメディア・デ・ラルデ(注2)のことも併せて、その歴史的背景・どんな人達がそれを始めて、それがその後、どのように芸術的に昇華していったのかも含め、色々調べてみて、お蔭様で理解が深まりました。

ドルフィーズのマスターはさっきまでバカ話をしてたかと思ったら、時々、このような話を笑顔でしゃらっとおっしゃったりするので、とてもクセになります。笑


(注1)マスターはその昔、スーパー歌舞伎ヤマトタケル等の一流のショーの舞台監督をされていた方。最初の頃にジャズと演劇の類似性を教えていただいたのですが、それは「対話」で、まずは自分自身との対話、次にメンバーとの対話、最後に観客との対話、とおっしゃっておられました。

(注2)即興演劇コメディア・デ・ラルデは、16世紀中頃にイタリアで生まれ、現在でも上演され続けているとのこと(その代表は、ミラノ・ピッコロ座の演出家 故ジョルジュ・ストレーレルさん)。尚、元々、その登場人物は例えば、アルレッキーノはトリックスターという風に予めキャラクターが決められていて、お客さんからお題をもらって始まるシチュエーション劇なのだそうです。


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九州ジャズ・ロード巡りを中心に興味の赴くままジャズ・クラシック等について不定期に掲載。 タイトルはM・エンデ「はてしない物語」の含蓄に富んだ言葉で、サイト主の座右の銘。

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