私のシベリウス ②-3 おススメの曲

さて、いよいよ「私のシベリウス」のクライマックス、「おススメの曲」の発表です。

選ばれる曲は、前頁「②-2」の「3.(作品の)分類結果一覧」で大体の目星はついたと思いますので、後はどのようにご紹介するのかが、腕の見せ所。紹介コースを3つご用意いたしましたが、ボリュームがかなりありますので、何回かに分けて、少しずつお楽しみくださいませ。

【お願い】

1.演奏は全てYoutubeの実演動画付きを選んでいます。これはシベリウスに限りませんが、目から入る情報はとても大切。「あぁ、この音はこの楽器から鳴っているんだ!」「指揮者はここでこんな柔らかい音を要求しているんだ!」等々、色々な情報を得ることが出来ますので、出来れば、音楽と共に画像もお楽しみください。

2.もしリンク先のYoutubeが曲の途中から始まるようでしたら、申し訳ございませんが、最初に戻してからお聴きくださいませ。

3.曲名等に貼りつけたリンクは、その詳細解説や該当頁等に飛びますので、ご興味のある方はご利用ください。



1.親しみやすい魅力を持ったシベリウス

(1)わかりやすい曲=メジャーな曲=演奏会のプログラムに取り上げられることの多い曲

「親しみやすい魅力」をどう定義するかがポイントとなりますが、このように定義すれば、「①序章」で「聴いたことあるかも?」とご紹介した3曲がそのまま当確。

ただ、既に動画までご紹介済ですので、ここでは「参考」扱いとしてパス。次に移ります。


【参考】

交響詩「フィンランディア」作品26 (1900)

ヴァイオリン協奏曲 作品47 (1904、1905改訂)

交響曲第2番 作品43 (1902)



(2)時間的に短く、知らなくても、聴けば印象に残る曲

こう定義を変えてみましたが、これなら簡単。もうお気づきですね?

そう!演奏会のアンコール曲として、よく使われる作品。ここでご紹介する4曲は、シベリウスらしさがあちらこちらに顔を覗かせる名曲揃い。演奏会の曲目がシベリウスの交響曲第2番ならば聴ける可能性大、かつ、それほど大音量で聴かなくても、特に問題ない曲ばかりです。


それでは、ようこそ!シベリウスの世界へ



 劇付随音楽「クリスティアン2世」作品27 (1898)  からノクターン 【約9分】

  ミッコ・フランク指揮 フランス放送フィルハーモニー管弦楽団

劇付随音楽では幕間の間奏曲だったものの、組曲版では一曲目に繰り上げられたとのことですが、それに相応しい雰囲気を持った曲。印象深く魅力的な木管の音に誘われ始まり、うねうねする低弦部の上で美しく歌うヴァイオリン、温かみのある甘い音色で歌うヴィオラ、弦楽器と木管楽器の優しい掛け合い、優雅な音楽ではあるものの、どこかに憂いを帯びる。これら全てがまさに、シベリウス。


指揮者のミッコ・フランクさんは、フィンランド出身の数多い優秀な指揮者の中でも飛び抜けた天才と謳われた逸材、若くして死に関わる大きな病気を抱えていなければ、もっと大活躍されていたに違いない方ですが、手兵・フランス放送フィルハーモニー管弦楽団との明るくのびやかで美しい演奏は、いかがでしょうか?

尚、演奏が始まるまで約1分ありますが、オケのチューニングの音や客席のざわめきを聞きながら、聴く態勢を整えていただければと思います。それでは、今回の幕開けはこの動画からどうぞ。



② 交響詩「レンミンカイネン組曲 (1896)」から「トゥオネラの白鳥」【約9分】

  尾高忠明指揮 NHK交響楽団

シベリウスが自身の大好きな白鳥を思う存分に描いた作品。全編で主旋律を担当している木管楽器はコール・アングレですが、その独特な音色とチェロの深い音色の対比で織りなされる物憂げで美しい白鳥、河を覆う薄い霧、その薄い霧が緩やかに動いているかのような演出を醸し出すヴァイオリン、その霧がさっと晴れ、雲の合間から太陽の薄明りを照らす金管等々、シベリウスの描き出した非日常の実に美しい世界。超常なる存在に対する畏敬の念を持ち続けたシベリウスにとっては、白鳥もその対象の一つであり、憧れが込められているように思う曲。


シベリウスの本場の一つである英国でご活躍された実績もある尾高忠明さんは、手兵・札幌交響楽団を始め、日本でシベリウスを最も精力的に演奏されておられる指揮者の一人。NHK交響楽団との素敵な演奏でどうぞ。



③ 劇付随音楽「クオレマ(死)」から「悲しきワルツ」作品44-1 (1904)【約7分】

  パーヴォ・ヤルヴィ指揮 エストニア・フェスティバル管弦楽団

シベリウスの作品の中でも、アンコール曲として一番取り上げられる作品。死の間際、ある女性が見た幻想を描いた作品ですが、華やかなワルツのはずなのに明るくなり切らない曲調、最後の瞬間、祈るように終わる滋味深い音。シベリウス作品の特徴の一つである悲しみに対する溢れんばかりの情感と慈悲に満ちた優しさが、決して前面に出ることはなく、ほんのりと滲む感じ。そんな情念が込められたような休符の深み、その後の柔らかくも切ないフレーズの出だしの繊細さ等を感じていただければ、と思います。


この演奏は、2016年、NHK交響楽団の名誉指揮者でもあるエストニア出身のパーヴォ・ヤルヴィさんが、若手育成のため、自身が設立したエストニア・フェスティバル管弦楽団と行った演奏会のアンコール。この曲の紹介としては、実は相応しくないのかもしれませんが、この年に起きたニース・トラックテロ事件への哀悼の念とやり切れない怒りが滲んだような凄演を是非聴いていただきたく、どうぞ。



④ 劇付随音楽「ペレアスとメリザンド」作品46 (1905) から「メリザンドの死」【約8分】

  エッサ=ペッカ・サロネン指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団

「ペレアスとメリザンド」は、フォーレ、ドビュッシー、シェーンベルク等、名だたる作曲家達から作曲の題材として取り上げられた戯曲で、シベリウスは劇付随音楽として作曲。この曲は、悲劇のヒロイン・メリザンドが孤独に亡くなっていくクライマックスの情景を演劇らしくわかりやすく描いたもので、その美しい弦楽合奏、そこに乗っかってくる物憂げな木管楽器の表情豊かな描き分けが聴きもの。そして、想いがこもったような深い休符から、その後の柔らかくも切ないフレーズの出だしの繊細さや祈るように終わる滋味深い音は、先に挙げた「悲しきワルツ」と同じですが、最後の盛り上がりも含め、シベリウス作品の中でも飛び抜けて美しい曲だと思います。


指揮は「フィンランドの俊英」と呼ばれていた頃の面影がまだ残る、約25年前、40歳前後のエッサ=ペッカ・サロネンさん。「①序章」の「交響曲第2番」紹介では近年の演奏を取り上げましたが、シベリウスが気にしていたという「透明感のある重くなり過ぎない響き」を体現してくれる私の大好きな指揮者の一人。シベリウス作品のCDがほとんどなく、今後の録音を楽しみにしているのですが、何故かYoutubeではよくアップされているので、その中から、手兵・ロスアンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団との英国BBCプロムスでのアンコール演奏をどうぞ。



2.一度ハマったら抜けられないファンタジーの世界

さていよいよ、シベリウスの独特の「醍醐味」の領域に入ります。

オーケストラで何かの情景や雰囲気等を描写する時、シベリウスが使った形態は「交響詩や音詩」。ここまでは前頁「②-2」で述べたことですが、ここに独自の美学やこだわりが加わった結果、シベリウスが交響詩等で描いたものは、「畏怖の念を抱いている神や英雄、大自然の営みといった抽象的なファンタジーの世界」。そして、それらを古典的な通常編成のオケを使いながら「(従来聴いたこともない)透明感のある軽やかな響き」で描いた作品に対して、私が持っているイメージは「音のホログラム」であり、「広い空間に音響を使って描いた抽象的な音像芸術」。

ちなみにこれは、同時代の先達として「交響詩」という分野を確立したリヒャルト・シュトラウスが「人間や自然のあるがままの姿」を秀でた管弦楽法を駆使し、拡張した巨大オケによる派手な音響、強烈な音圧を使って「具体的な音像」を描いたのと正反対※。

ということで、「論より一聴」。これからご紹介する曲は、出来るだけ大きな音、かつ、出来ればいい音で聴いてみてください。


※ちなみに、シベリウスに近い感覚を持っていたのは、恐らく印象派のドビュッシー。尚、実際のところ、シベリウスはこの3歳年上の孤高の作曲家に対して、賛否の入り混じった複雑な感情を抱いていたようで、その名前が日記に登場する回数も多かったようです。



①交響詩「エン・サガ(伝説)」作品9 (1893)【約18分】

  ユッカ=ペッカ・サラステ指揮 フィンランド放送交響楽団

クレルヴォ交響曲で大成功を収めたシベリウスが、その翌年、27歳で初めて書いた交響詩。作曲家としての力量が問われる凄いプレッシャーの中、続けてヒットを飛ばした上、晩年の作品にも共通するシベリウスらしさが既に感じられる驚くべき曲。

印象的な開始部の後、ヴァイオリンから始まり、いつもどこかでキコキコキコキコと延々刻み続ける弦楽器、それが草原に吹く風のように気まぐれに強さや向きが変化したり、そのまま分厚い旋律の波になったり、ヴィオラ以下の低弦部隊が独立して存在感を魅せつけたり。その流れを伴奏に歌う木管、儚さを醸し出すヴァイオリン、エモーショナルで力のこもった旋律を奏でるヴィオラ。気持ち良く行進を始めるオケ。何度も盛り上がったり下がったりしながらも徐々にゆったりとした流れになり、ゆらゆらと揺らぎ始める空気。やがて12分辺りでしばしの休符を挟みながら空気の色合いが変わり始め、印象的な木管に先導されて怒涛のフィナーレへ!と思いきや、15分辺りでまた空気の色合いが変わり、ppの美しくも悲しげなフィナーレ。この唐突な変化がシベリウス。低弦が支える中、消えゆくように終わる音楽。これもまたシベリウス。

シベリウス若書きの天才の発露。想像力を自由に膨らませて、お楽しみください。



指揮はシベリウス指揮者として、確固とした地位を築き上げているフィンランドのユッカ=ペッカ・サラステさん(56年生まれ)。先に挙げたサロネンさん(58年生まれ)、更には、世界的なシベリウス・ブームを巻き起こした立役者 オスモ・ヴァンスカさん(53年生まれ)とは、シベリウス音楽院で学んだ同級生とのこと。凄まじい当たり年もあるものだと驚かされましたが、手兵・フィンランド放送交響楽団との自家薬籠中とでも言うべき手堅い演奏でどうぞ。



② 音詩「夜の騎行と日の出」作品55 (1909) 【約15分】

  パーヴォ・ヤルヴィ指揮 hr交響楽団(旧フランクフルト放送交響楽団)

この曲は「夜の騎行」を描いた前半と「日の出」の情景を描いた後半という全くタイトルどおりの作品ですが、その内容については、今回多くのことを学ばせていただいた神部智さんの「シベリウス」からそのまま要約・引用させていただきます。

①珍しくシベリウス自身のコメントが多く残っている作品で、その一つが下記。

「暗い森の中、一人で馬と旅をする人間の内的経験を綴ったもの。自然に抱かれながら、孤独であることの喜び。究極の静けさに対する畏怖の念。静寂を打ち破る不気味な音は、不吉な予兆ではなく、やがて訪れる感謝(日の出)へつながるもの」

②シベリウスがこの作品で表現したかったことは、「闘争と勝利」「苦悩と歓喜」の図式に基づく紋切り型の観念、ドラマ的葛藤ではなく、大自然という、自らを超える存在に身を任せた人間が最後に授かりうる「恩恵」

③コメントした理由は、当時シベリウスが経験した「病魔との闘いとその克服」という矮小な伝記的イメージと作品の表現世界を明確に切り離したかったから

④シベリウスが志向していたのは、「誰でも経験しうる『より普遍的なテーマ』」



尚、「普遍的なテーマ」をシベリウスが追い求めたのは、この曲だけではなく、交響曲・交響詩等の分野においては、通常の姿勢だと考えて間違いないと思います。そして、この曲において「普遍的なテーマ」として描かれた「日の出」の雄大さ、崇高な眩しさ、美しさに、私はいつも鳥肌が立つような感動を覚えます。


指揮は再登場のパーヴォさん。そのお父さん ネーメ・ヤルヴィさんが指揮をしたエーテボリ交響楽団は、先に触れたヴァンスカさんの少し前にシベリウス・ブームに火をつけ、私自身、生を聴いて愕然とさせられた思い出深い名コンビでしたが、今では息子が八面六臂の大活躍。

それでは、パーヴォ・ヤルヴィさん指揮、hr交響楽団との歯切れのいい明解で鮮烈な演奏でどうぞ。是非「どこからが、日の出?」と気にしながら、聴いてみてください。



交響曲第1番 作品39 (1899) 【約41分】

  クラウス・マケラ指揮 フランス放送フィルハーモニー管弦楽団

さて、3曲目はシベリウスの本丸、交響曲に進みます。

この曲は、猛々しい流れと美しいメロディがそこかしこに顔をのぞかせては消え去る、若々しい抒情溢れるシベリウス渾身の一曲。とても美しい2楽章(12分辺り)から明るく生き生きとした躍動感に溢れる3楽章、中でも15分辺りからの木管とチェロの絡み、柔らかくもほんのりとあたたかい空気感は聴きどころの一つ。全編に豊かな生命力が満ち溢れた魅力満載の曲。


指揮者はやはりフィンランド出身ですが、今、飛ぶ鳥を落とす勢いの俊英、96年生まれのクラウス・マケラさん。従来のドイツ風の重々しい演奏(特にこの曲に関しては、違う魅力が未だに健在ですが)に比べ、繊細な中にもあちらこちらにメリハリを利かせた音楽作りが実に微笑ましい新世代のシベリウス。フランス放送フィルハーモニー管弦楽団の特性もあるのかもしれませんが、瑞々しく軽やかな演奏でどうぞ。



3.ハマる人はハマるかも?の尖った魅力のシベリウス

シベリウスの辿り着いた究極の境地へようこそ。

シベリウスの交響曲は、ドイツ音楽の規範を全く外れているように見えて、実はシベリウス独自の進化形。交響曲第3番からその模索が始まり、第4番で一つの方向性を極めた後、第5番を経由。その後、大切なパトロン カルペラン男爵や弟クリスティアンとの死別による喪失感や作品を書かねば!という強烈なストレスに苛まれる中、作り上げたのが、今回ご紹介する第6番と第7番、そして、交響詩「タピオラ」。作品に対する自己批判の念がどんどん強くなり、この後30数年にわたり、大きな作品を発表することのなかったシベリウスですが、そんな厳しい審美眼に適った最後の大作がこの3曲。そこは、幻想?幻影?何と言っていいのかわかりませんが、時間が延び縮みし、異空間に連れ去られるようなイリュージョンの世界。

ちなみに現在のところ、この3曲の内、演奏会で頻繁に取り上げられるような人気曲は一曲もありません。つまり、その魅力が一般的に伝わりにくいことは立証済み。でも、これまでご紹介してきたシベリウスらしさが所々に顔を覗かせている曲でもあり、ちょっとでも気になる部分があれば、いつかまた聴き直してみてくださいませ。



交響曲第6番 作品104 (1923)【約28分】

  エッサ=ペッカ・サロネン指揮 スウェーデン放送交響楽団

シベリウスの交響曲の中でも第4番と並んで尖った曲※ですが、第4番がどう聴いてもわかりにくい一方、この曲は、案外クラシックを聴いていなかった方でも馴染める方もいらっしゃるかもしれません。ともかく、聴いていただくのが一番ですが、広大な夜空に輝くオーロラをイメージしてしまう冒頭部からずっと流れ続ける清冽で極めて美しい世界。近年、シベリウスの作品中、一番隠れファンが増えた曲で、ぽつりぽつりと演奏会の曲目で見かけるようになりました。

ちなみに、この曲を聴いて作曲家になろうと思ったのが、作曲家 吉松隆さん。第6番、第7番を評して「シベリウスが志向した音楽宇宙が見事なまでに凝縮された至高の作品。それは、極北の風景のなかの深い森に住み、孤独のあまり透明になってしまった人間の音楽。だから、広大な天と地と星空が描かれていながら、人影がまったくといっていいほど見えない壮大な風景画を思わせる」と語る吉松さん。その愛聴盤は下に掲載したカラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団盤で、CD時代になってからはここでご紹介する3曲が一枚に収録出来るようになり、その流れで聴く気持ち良さに魅かれた愛好家が多かったことも併せてご紹介しておきます。



この曲の大切な要素である「透明感のある重くなり過ぎない響き」にぴったりな指揮者は、やはりエッサ=ペッカ・サロネンさん。手兵・スウェーデン放送交響楽団との演奏でどうぞ。


※尖った曲:先にご紹介した神部智さんの著書によると「時空を超えた『遥かな響き』を生み出そうとしてきたシベリウスの集大成。伝統的な時代の枠組みを音楽の構造レヴェルで超越したといってよい」と評されています。


交響曲第7番 作品105 (1924)【約22分】

  ダニエル・ハーディング指揮  マーラー室内管弦楽団

1つの楽章に圧縮されたこの第7番もまた尖った曲ですが、評価は高く※、第4番と並んで、シベリウスの最高傑作の呼び声の高い作品。

「シベリウスの作品では、(とりわけ交響曲の場合)『人がそこにいる』とは感じられない」と語ったのは、指揮者のサー・サイモン・ラトルさんですが、私自身もこの3曲に対して思うことは全く同じ。最近は「畏怖の念が強ければ強いほど、ブルックナーと同様、神への祈りの感覚に近づき、結果として人間臭さがどんどん薄れるから、だろうか?」等と考えています。

ただその一方、人そのものは確かに出てきませんが、全編にわたって感じられる音の温かさや優しさ、包み込まれるような響きの心地好さは、第7番ならではの特徴。あとこの曲は、音楽の密度の濃さから、たかだか20分程度の曲とは全く思えず、演奏中も時間が延びたり縮んだりと、ともかく時間感覚が狂う不思議な曲でもあります。



英国出身の指揮者 ダニエル・ハーディングさん(注)の演奏でお聴きいただきますが、その手兵はマーラー室内管弦楽団。小型オケで少し響きが薄い部分があるものの、逆に大オーケストラでは聴き取りにくい音の動きやその響き方が聴こえる良さ、この指揮者の繊細な音楽作りがよくわかる良さ等がありますので、じっくりお聴きください。


※尖った曲だが評価は高い:これも、神部智さんの著書のお言葉を意訳・引用させていただきますが、「伝統的な交響曲の各楽章の要素、性格を単一楽章に巧みに内包したこの第7番は、交響曲史上でも他に類例がないほど研ぎ澄まされた造形美を誇る傑作」となります。



(注)ちなみにこのハーディングさん、現在では指揮者と航空機パイロットの二足の草鞋を履く異才。17歳で指揮者としてデビュー、ラトルさんのアシスタントを務めた後、21歳でベルリン・フィルを指揮するなど、天才指揮者と称されていましたが、44歳になった2019年に活動を一年間停止、子供の頃からの夢だったというパイロットの資格取得を目指し、今ではエアフランス航空のパイロットも兼務。世の中にはこんな二刀流もいるというご紹介でした。



③ 交響詩「タピオラ」作品112 (1926)【約15分】

  パーヴォ・ベルグルンド指揮フィンランド放送交響楽団

最後の曲は、シベリウスの辿り着いた究極の境地の終着点「タピオラ」。

「タピオラ」とは、叙事詩「カレワラ」に出てくる「森の神タピオのほの暗くも美しい領土」を意味し、この曲はその情景・雰囲気を描いた作品。そこに人間の登場する余地はなく、シベリウスが辿り着いた先に残されていたのは、荘厳で神秘的な森の心象風景。それを人間は一体どう聴けばいいのか?

心を空にして何も考えず、ただ耳を澄ませ、その時間の流れに身を置くだけ。

厳かなものを前にした時、私はいつもそうなってしまいますが、これも一度ご体験ください。


指揮をするのは、左手の指揮者 パーヴォ・ベルグルンドさん。シベリウスの3つの交響曲レコード(CD)全集を残す等、そのスペシャリストとして、我々世代のシベリウス愛好家にとっては、神様みたいなフィンランド人指揮者。先に挙げたラトルさんが「シベリウスは全てを突き詰めて考え、形式を煮詰めていった。そして、最後に行き着いたのが『タピオラ』であり、この作品ほど凝縮された音楽を想像するのは難しい」と語ったこの作品をどう描くのか。オケは旧知のフィンランド放送交響楽団。今回の最後に相応しい入魂の演奏をどうぞ。



【私のシベリウス】

①序章:こちら

②ようこそ!ここ~シベリウスの世界~へ

- 1.本文:こちら

- 2.聴くコツと作品分類:こちら

- 3.おススメの曲:本頁

(a)(大音量で聴く必要のない)親しみやすい魅力持ったシベリウス

(b) 一度ハマったら抜けられないファンタジーの世界へ誘うシベリウス

(c) ハマる人はハマるかも?の尖った魅力のシベリウス

- 4.おススメの曲おかわり+α:こちら

(a)こんな作品もいかが?ハマる人もいるかも?のシベリウス

(b)シベリウスの交響曲、世界共通No.1

(c)聴き比べ:交響詩「タピオラ」

(d)+α:語るシベリウス、作曲家、指揮者

③年表(参考資料一覧も掲載):こちら

④私がシベリウスにハマったキッカケ:こちら


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汝が欲するがままをなせ

九州ジャズ・スポット巡りを中心に興味の赴くままジャズ・クラシック等について不定期に掲載。 タイトルはM・エンデ「はてしない物語」の含蓄に富んだ言葉で、サイト主の座右の銘。 ♪新しい秩序、様式が生まれる時代の幕開けです。この混沌を積極的に楽しんでいきましょう。危ぶむなかれ、行けばわかるさ、です。笑