福岡 朝倉・古処 ⑨19/01【マスターご夫妻に感謝の気持ちを込めて】

昨年末に通常営業を終えられ、明日2019年1月12日(土)のファイナル・セッションでいよいよグランド・フィナーレを飾られる福岡・朝倉の喫茶 古処さん(注1)。

以下は私の個人的なマスターご夫妻への御礼の手紙ですが、後述する(注1)に喫茶 古処さんの歴史等、(注2)古処さんのオーディオ等を引き継がれる方について書いておりますので、ご覧ください。

牛島賢明、トシエ様

先日伺った時、マスターが「営業しない正月を迎えるのは、結婚以来初めて」と少し照れ笑いしながらおっしゃっておられましたが、初めての夫婦水入らずのゆったりとしたお正月はいかがでしたでしょうか?

改めまして、51年の長きにわたるご営業、本当にお疲れ様でした。

半世紀余の間、この福岡・朝倉という山に囲まれた町に根づかれ、ジャズ喫茶という日本独自の誇るべき文化を守り続けて来られたそのご苦労には頭が下がります。

その中で、喜怒哀楽、色んなことがあったかと思いますが、そこで生まれた数々の思い出、楽しそうな写真から垣間見させていただきましたが、多くのライブやレコード鑑賞会等々、その時代その時代の常連さん達と過ごされた時間。これらは全て、これまで頑張って来られたお二人の宝物。

私自身は最後の2年程のおつき合いでしたが、このお店のゆったり過ぎていく時間がとても好きでした。また、マスターが時折見せられた「ジャズ喫茶のオヤジ」の顔、マスターに寄り添い、時にお茶目な奥様が醸し出される温かい雰囲気も忘れられない思い出です。

そして、感動をいただいた朝倉の水害以降のご夫妻の頑張りを経て、遂に明日を迎えることになりましたが、寂しい気持ちの反面、パラゴンを始めとした銘機達がいい縁(注2)を得られて良かったなぁ、という清々しい想いもあります。

短い期間ではありましたが、お世話になり、どうもありがとうございました。

心からの感謝と共に今後もお元気にお過ごしください。また九州ジャズユニオン等でお会い出来る日を楽しみにいたしております!

以上

(注1)喫茶 古処さん

先日、12月中旬に訪ねた時に色々お聞きしたことも含めて、紹介させていただきます。

佐賀・鳥栖出身で高校生の頃から生バンドが聴きたい一心でダンスホールに出入りしていたというマスターは、久留米の老舗ジャズ喫茶ルーレット初代マスターの薫陶を受けた方でもあります。

1967年(昭和42年)に鳥栖市役所をご退職されて、サラリーマンだった親からの猛反対を押し切り、福岡・甘木町(現在、朝倉市)の商店街でご開業。初期のスピーカーはJBLランサー77だったそうですが、全く素人の状態で始められた小さなお店は客層も公務員等が多く順調で、奥様ともご結婚。

その場所の借用期限の10年を機に大きなお店に移転。

これが、九州ジャズ喫茶紀行という本に掲載されているこの写真のお店ですが、まぁ、マスターもお若いこと!笑

この後、JBLパラゴンを導入され、そこで30年間、営業。。。思えば開業された1967年からの40年と言えば、ジャズ喫茶全盛期からその衰退していく歴史をずっと見守っておられたことになります。

そして、今の場所に場所に移転されて11年になるとのことですが、そのオープン・ライブ、5周年ライブは何と、北海道の歌姫スージー黒岩さん。

他にも、亡くなられた内田誠生さんや鈴木良夫さん&山本剛さんのDUO(私もサインをいただいた「マイ・ディア・ピアニスト -チンさんと6人のピアニスト-」のレコ発ライブ。笑)、更には私がこれまで何度か取り上げてきた福岡の歌姫MAYUMIさん藤山 E.T. 英一郎さん(改めて九州ジャズロードを読み返したらその記載があり、ビックリしました)等のライブをここで開催されたとのこと。

口々に「また来るね!」とご挨拶されて帰られる常連さん達とご対応されるマスターの合間を見計らいながら、何枚かおススメ・レコードをかけていただいたのですが、最初はルーレットさんで衝撃を受けたという思い出のアート・ブレイキーの「モーニン」。

次に、「パラゴンの魅力がわかりやすいピアノ・トリオ」ということで、ウィントン・ケリーの「ケリー・アット・ミッドナイト」。

また、「パラゴンの声の魅力が出てるのはこれかなぁ?」とおっしゃりながらかけられた「ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン 」から「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラブ」

そして最後に聴かせていただいたのが、「お酒を飲みながら気分良く聴くなら、やっぱりこれかなぁ」とおっしゃったジェリー・マリガンの「ナイト・ライツ」。

ボリュームを少し上げて聴かせていただきましたが、マスターの丹精込めて育て上げられた音はどれも心に沁みるいい音でした。

初の試みでどのぐらい伝わるかは不明ですが、その動画を少しアップしてみますので、ご参考まで。(もしうまくいかない場合はこちらへ)

(注2)実は今回、このお店がこのタイミングでこれ程見事に幕を引けたのは、とても素敵な縁の賜物。

主役は、大分・竹田でミニトマト農家を営んでおられる猪野(イノ)さんご夫妻。

ダンナさんはクリフォード・ブラウン好きのトランペット吹きで、ビッグバンドにも所属していた方。その影響でジャズを聴くようになったという奥さんはおしゃべり好きで明るい方で、将来の夢は喫茶店を経営すること。

今回の素敵な縁は、そんな奥さんが体調を崩され、福岡の病院へ通うことになったこと、またその道中にこのお店を見つけて立ち寄られたことから始まります。それが、昨年の9月初旬。

そしてこの奥さんが、お店の奥様から「あなた、喫茶店をやらない?」とパラゴンを始めとしたオーディオ・システムや食器等を譲り渡したい旨のプロポーズを受けたのは、それからまだ間もない数回目のこと。

後日ダンナさんが奥様に「何故、うちの妻に?」と質問されたのですが、曰く「何年もやっていればわかるのよ」。。。いやいや、恐れ入りました。笑

それにしても、2年後ぐらいから喫茶店経営を考えようと思っていたとは言え、これまで喫茶店どころか飲食業にも全く無縁だった猪野さんご夫婦。

よくぞ、こんな突然の話をご快諾されたなぁ、と聞いた時には驚きましたが、それを決めたダンナさんはこのお店のクリスマス・パーティの時に常連さん達に挨拶文を渡される等、「ド」がつく真面目で誠実な方。。。全てが急に動き、更にはこのお店の遺産を引き継ぐプレッシャー、常連さんや周囲の方々の期待もかかり、「やはりパラゴンに似つかわしいお店が必要?」「それなら建築資金をクラウド・ファウンディングで集めるべきか?」等々、かなり悩んでおられました。

そして、「どんなお店にしたいのか?」とご夫婦で考え抜かれた結果、「細々とでもいいから、いつまでも長く続けられるお店にしたい」との結論に辿りつかれ、まずはご自宅の20畳の居間を使って小さくご開業を目指されることになりました。

しかも、奥さんがその意気込みとして口にされたのは「『百歳のばばあがジャズの店をやってるよと言われるようになりたい』というこの方を目指したい」。。。田代俊一郎さんの名著「九州ジャズロード」からの引用ですが、「この方」というのは、私も大好きな昨年ご勇退された福岡のALFEEのママ

さすが奥様、いい方を選ばれたものです。

また、ダンナさんの生まれた年が、このお店の開業した昭和42年であることも何か縁を感じさせますし、全て縁の思し召すまま、きっとうまく進んでいくのでしょう。

新たなお店へのバトン・タッチを気長に見守っていきたいと思います。

<追記>

1週間前まで全く面識もなかった猪野ご夫妻。。。最初にお電話をいただいてから、全てがタイミングの良くうまく進んだことも含め、縁の不思議さ・素晴らしさに、新年早々、感動させていただきました。

明日お会い出来ることを楽しみにいたしております!


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九州ジャズ・ロード巡りを中心に興味の赴くままジャズ・クラシック等について不定期に掲載。 タイトルはM・エンデ「はてしない物語」の含蓄に富んだ言葉で、サイト主の座右の銘。

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